石鹸は、石鹸シャンプーにしても、手作り石鹸であったとしても、おすすめしません。天然のものと銘打ったものですら、まはにしてみたら、あまり使用感がよくなかった。シャンプーにはハーブだけ、体も洗うのもハーブや自然の材料だけです。これで洗い始めたら、もう他のものは使えない、使いたくなくなります。もし、試してみて、気に入らなかったら、これは工夫が足りない、選んだハーブの配合が悪い、そういう理由でしかないと思っています。もし、自分にあった、自分の髪質や髪の状態にぴったりとあったハーブを適切に配合したら、ほんと、腑に落ちたように納得できるはず。ハーブにもそれぞれ特性があり、人の髪にも特性があります。だから、ちょっとのあいだ、最初は、いろいろとハーブの選択やその配合で遊んでやる必要があります。
ヘナでシャンプーについてですが、ほんとのことを言ってしまいますと、「シャンプー」などと言えるものではありません。ヘナシャンと言っていますが、これは、ある意味、外れてはいないけれども、あたってない表現だと思います。シャンプーとは、西洋式の呼び名。戦後、あまりに、シャンプーという洗髪概念が定着してしまったために、他の言葉を使って表現することが出来ないほどになっています。そこで、あえて、ヘナやハーブな洗髪を「シャンプー」と呼んでいます。実際は、まったく泡がたちません。ヘナやハーブの粉を溶かして、ハーブ液にして、それで頭皮と髪を洗うという、とてもシンプルな方法、仕上がりも上々、さらに、ハーブは使えば使うほど、不要になる・・それが一番嬉しい。つまり、不精になれます。
いわゆる「シャンプー」類を使わないで、ヘナやハーブで洗髪するようになってから、しばらくして、気が付いたのは、毎日、髪を洗わなくてもよいといことでした。もちろん、最初は、シャンプーしていたころの癖で、毎日、ヘナやハーブで洗髪をしていましたが、あるとき、ヘナやハーブで洗おうとしたところ、「待てよ」と思ったのです。「別にハーブを使う必要もないのでは?」と、「まだ、髪、汚れていない・・・」と・・・。以来、ハーブの洗髪回数が、一日置きになり、しばらくすると、中二日ほど開き、数ヶ月もすると、仮に一週間、髪を洗わなくても頭が痒くならない、異常な臭さを放たなくなりました。それで気が付いた・・・アーユルヴェーダで言われていたこと、「髪は洗い過ぎないこと」「ほどほどに洗いなさい」ということはほんとうだったんだと。このアーユルヴェーダのやり方とは、不精なまはにぴったり!と思った次第です。
つぎは・・なぜ髪は洗いすぎないほうがよいのか?